2010年 09月 01日

参考掲載 青森県東津軽郡外ヶ浜町字三厩(みんまや):厩石(まやいし)

巨石番付には全く馴染まない海岸の浸食による巨岩であるが地元では地名にもなっていて、名前も厩石と有るので参考で掲載する。
f0125073_4364761.jpg

青森市外ヶ浜三厩は青森市を走る7号線から280号線に入り津軽半島龍飛岬の15km手前道路沿いにある。
「奥州街道」(日本橋~青森三厩間)のうち、江戸から白河までは「奥州道中」、白河から三厩までを「仙台松前道」と呼ぶのだそうだ。
三厩は奥州松前街道の終点にあたる。碑がある。松前と言うから北海道と思ってしまうが何故そう呼ぶのかは分からない。
f0125073_1356423.jpg

三厩の地名は義経の伝説に因む。
看板には「兄頼朝の謀りで、衣川の高館で藤原泰衡に急襲された源義経は、館に火をかけ自刃した。
これが歴史の通説であるが、義経は生きていた!
藤原秀衡の遺書(急襲が身に迫るようなことがあったら館に火をかけ、自刃を粧って遠くの蝦夷が島(北海道)へ渡るべし)のとおり北を目指しこの地に辿り着いた。
近くに蝦夷が島を望むが、荒れ狂う津軽海峡が行く手を阻んで容易に渡ることができない。
そこで義経は海岸の奇石上に座し、三日三晩日頃信仰する身代わりの観世音を安置し、渡海できるよう一心に祈願した。
丁度満願の暁に、白髪の翁が現れ、“三頭の龍馬を与える。これに乗って渡るがよい。”と云って消えた。
                                  厩石
f0125073_13564715.jpg

翌朝岩上から降りると岩穴には三頭の龍馬が繋がれ、海上は鏡のように静まっていて義経は無事に蝦夷が島に渡ることができた。
f0125073_13572876.jpg
f0125073_13573697.jpg

それから、この巨大岩を厩石、この地を三馬屋(三厩)と呼ぶようになりました。」とある。
蛇足であるが、この後、義経は大陸に渡りあの成吉思汗(チンギスハーン)になったと言う続き物語?があるが、あの小柄な義経が騎馬民族のモンゴルの英雄になるとは到底受け入れられるものでないのであるが…如何。
……と言いながらも本音はそうあって欲しいと願っている者の一人なのである。…これもロマン。
又、この厩石の道路を隔てた高台に義経神社がある。
[PR]

by yo-hamada | 2010-09-01 13:55


<< 十両 福島県田村郡小野町高柴山...      十両 福島県郡山市中田町下枝字... >>