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2011年 05月 28日

前頭 福島県飯坂町茂庭:亀石

福島県飯坂温泉から399号線を走り(一ヵ所東日本大震災時の崩落による片側通行の迂回路あり)茂庭を過ぎ、摺上川ダムの茂庭っ湖最上流を過ぎる辺り山側に巨大な井型の擁壁がある。そこから100mほど行くと川に下る道が出て来るので左折する。
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ダムに至る川に沿った細道を1,2km程行くとY字路に出るがそのYの真後ろの川に鎮座している。
周りに数個の石があるが、中央に卵型の巨石が見える。これが亀石である。 
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下流側からは、水が流れている為真横からの全体像は写せなかったがそれにしてもでかい。綺麗な卵型をしているが感嘆する自然の造形美である。この狭い川を上流から転がって出来たのだろう!それにしてもこんなにも左右対称に丸くなるものだろうか!若しかして気の遠くなる様な時間の中で、別の石が流れ転がって来てはこの亀石にぶつかり角を削り取り、出来たものだろうか、しかし、やはり自ら転げない限りそれは無理だろう!…正に自然の驚異である。脅威はやがて膨大な時間の経過とともにこの亀石もダムの底に流れ沈んで行くものに代わるのであろうか……。…であるから巨石ファン必見であるぞよ!友人に写真を見せたら、「…ふ~ん、むでな石だな!」で終わり!
しかしだ!後述するが流石、政宗は違う、政宗は自分の城の庭にこの石を欲しがったのだ!無理はない?
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この亀石を見ると福島県田村市都路岩井沢強梨の亀石を思い出す、頭部は別としてとても似ているのである。
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上流側の斜め横からであるが、当たり前だがやはりでかい。
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亀石はその姿からそう呼ばれたのであろうが頭部がないのが残念である。
見ようによっては魚市場でのマグロの尻尾部を切り落としたみたいに見えるが、その部分が頭部ではなかったろうか。折れてしまったのであろう!その石は流されてしまったのだろうか、近くにはない。
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この亀石は、たまたま、巨石を探して「七ヶ宿の巨石」で検索したらYAHUOOブログ『ヘぼやんさん』の「風に乗って」“政宗が欲しがった奇岩巨石・亀石”が掲載されていて知ったものである。地図には大岩とか亀岩とか書いてあるのを知ってはいたのであるが、399号線高畠よりの道路脇にある巨岩を無理やりそれだと思い込んでいたが間違いであった。
鳩峰峠を越し、私の出身地である高畠に出るこの道は、5月23日迄冬期間道路が閉鎖される。
閉鎖解除を待って早速探しに行った。この石についての由来等は亀石脇に説明看板があったが枠だけで残念であった。ヘぼやんさんが地元の方に伺った様でそのコメントをご紹介させて頂く。
「稲子地区が福島市に食い込むように接しており、江戸時代は仙台藩が山目付けとして足軽を住ませて警戒した地域だが、ここに亀石という奇岩巨石がある。
伝承されている話では政宗がどうしてもと欲しがり、仙台城に持っていこうとしたが、巨石ゆえにどうにもならず、この周囲を仙台領としたため、地図上では福島市側に見えるほど、食い込んでいる。」とある。
・・・幾ら政宗が仙台城に持って来ようとしても、山の中の川にある200~300トン以上もある石をどう足掻いても運べるわけがない!と思うのだが……政宗は本気で運ぼうとしたのだろうか!昔の権力者は発想が違う、凄い事を考えるものだ!しかも運べないとなったら、所有物にしようと領地を広げ、無理くり天狗の鼻の様な形にしてしまったのだ。地図を見て思わず苦笑してしまった。
ただその亀石の場所は、現在の地図では宮城県七ヶ宿稲毛に届いておらず、福島県飯坂町茂庭になっている。
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by yo-hamada | 2011-05-28 20:18
2011年 04月 21日

十両 福島県福島市飯坂町茂庭:茂庭大石 

飯坂温泉から山形県高畠町に向かう399号線を左手に摺上川を見ながら走ると御岳神社が右手に見えて来るがその手前400m(手前とは道案内にならないけど)にこの大石はある。この写真の右手にある。
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正面から見るとその大きさが分かる。
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山側から見ると大石は地中に埋まり亀が首を出してるように見える。
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                  福島県伊達市大石湧水の里:大亀かしら石とそっくりなのだが……
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大石の上には小さな祀があるが何を祀ってあるのか不明であった。
この大石についての謂れや昔からの言い伝えなどについては改めて記する事にする。
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by yo-hamada | 2011-04-21 13:59
2011年 03月 08日

参考掲載 宮城県塩釜市塩竃神社周辺:九石[現存六石]

申し訳ございません。巨石ではないが私の地元と言う事でご海容の上、参考迄ご覧頂きたい。
江戸寛政年間に完成した『奥鹽(おうえん)地名集』(奥州鹽竈の略と思われる)によると塩釜には名石九石があったと記されている。
(編集・刊行 NPOみなとしほがま:以下同資料による。……頒布中¥2,100-☎022-364-0686)
現存するのは、『牛石』、『しるべの石』、『母子石』の3つ、それらしき石は『雄石(男石)』、『防波石(波よけ石)』、九石には入らないが「塩松勝譜」記載の『神足石(じんそく石)』がある。所在不明が「おつむきの石」、「影向石」、「女石」、「御腰かけ石」である。

『牛石』
塩釜神社の末社、御釜神社境内にある。
当地で焼いた塩を積んで運んだ牛が石に化したものと言われる。
これにまつわる祟りや伝説もあったり、地元ではこの池の水底は海に繋がっているとも言われている。
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七月七日の水替神事で、牛の背を見る事が出来る。
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『しるべの石』
四方跡公園脇にあり、碑の正面に次の様に刻字されている。
「東 七曲り水戸、南 御たいの橋、北 七曲り坂、西 御こしかけ石」と、四方の名所を記している。
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『母子石』
石の正面に表面に大小の足形が見える事から古来より名石、奇石とされ地元の信仰を集めて来た。
本書によれば病気の母を慕う娘の母につかうる話であるが、「塩竃神社」記と地元案内看板には異なる伝説が書かれている。これによるとこの石は「泣き石」とも言われる。多賀城の人柱とされた父親を嘆き悲しみこの石の上にいつまでも立ち泣き続け、泣き声が消えた時は母子とも屍になっていたと言う。この石の上には母子の足跡が残っていたとある。ここの地名「母子沢」もこの石に由来する。
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                     足跡。   
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『雄石(男石)』
白坂観音堂境内に男根の形をした石1基がある。
1、6m程あり男石とする見方が有力である。
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『防波石(波よけ石)』
白坂にあったこの碑は、時期が不明であるが諸事情から見て後年「八尺堂之址」と刻まれたが、かつて梵字の刻まれた石で、波よけの石とみている。石碑の頭部があたかも波頭の形の様で波よけ石に相応しい石と言える。
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『神足石(じんそく石)』
塩作りの神にまつわる名石。神様の足跡が残っているとか神様が休んだ所と記されている。塩竃神社の左宮と別宮の間にあった神足石は「…二尺余にして…』とあり、記録と同じ現地にあっても確証に欠ける所であると言う。
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追記:当塩釜市関係の巨石には、
トップページに戻り“以前の記事”欄 2010年6月をクリックして頂ければ「伊母石&梅宮神社石」
           2007年5月をクリックして頂ければ「稲井石」がありますのでご参照下さい。
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by yo-hamada | 2011-03-08 15:33
2011年 03月 01日

前頭 福島県福島市松川町梧桐内:比丘尼石(びくに石)

4号線福島市内から南下し福島大に向かう114号線に入るか、通過し金谷川駅の看板が出て来たら右折しても可。114号を進むと193号と交わるが直進する。看板通りの金谷川駅方面に来た場合はここで左折する。 500m程行き、丸石地区に左折する。左折後100m程行くとこの写真の景色が出て来るが「軽トラの前」を左折する。ここは「丸石地区」と言う所なので、名の由来の丸石を探しに行ったのであるが、今は残念ながら民家道路脇にほんの少しあるだけで道路整備で破砕されてしまったと言う。
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そのまま道なりに(上ったり下ったり)進み、本線の下の小さなガードを潜る。
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左に曲がると「比丘尼石」は道路脇に見える。
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比丘尼とは女性の出家修行者の事であるが付けられた石のその名前の由来は定かではない。
巨大である。中央に薬師堂があるが巨石ですっぽり隠れてしまうほど石は巨大である。
前から。・・・・・・(石の上には「山神様」が祀られている。)
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薬師堂の左後方の石は切立ったように垂直で2つに割れている。
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薬師堂の左後方の石を脇から登って上ってみると、見えた以上に巨大石である。
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by yo-hamada | 2011-03-01 10:12
2011年 03月 01日

十両 福島県福島市松川町浅川:女泣石(立石)

4号線福島市内から南下し福島大に向かう114号線に入るか、金谷川駅の看板が出て来たら右折しても可。114号を進むと193号と交わるが直進する。看板通りの金谷川駅方面に来た場合はここで左折する。 そのまま直進し踏切が出て来るので手前を左折する。
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そのまま1kmほど進むと右手に東北本線が見えるので右なりに100m進むと松川事件による列車犠牲者の慰霊碑が左右に建てられているのでそこから100mほど進むと田んぼの畔にある。
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左側から、角の様にせり出した格好をしている。
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正面から…「女泣き石」とは何ゆえか……あぁ、そうか、なる程!
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右側から。
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埋まっている分はどれ位あるのだろうか!?「女泣き石」より「女泣かせ石」とか「チンポウ石」がお似合いかも。
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by yo-hamada | 2011-03-01 10:08
2011年 03月 01日

十両 福島県福島市松川町字関谷七尋石:七尋石

4号線福島市内から南下し福島大に向かう114号線に入るか、通過し金谷川駅の看板が出て来たら右折しても可。114号を進むと193号と交わるが直進する。看板通りの金谷川駅方面に来た場合は左折する。東北本線の上を通りそのまま行くと前方左にコンビニが見えて来るがその100m手前を右折直進し、100m行って右折し道なりに進む。
コンビニ手前右折地点から400mの所にある。
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両手を一杯に広げた長さを一尋(ひろ)と言う身体尺であるが、これが七尋あったと言う巨石である。一尋1m50cmとして10m程になる。
この石には、「この部落に嫁いで来たがお姑さんにいびられ、帯を解きながら逃げ出した」という言い伝えがある。この帯の長さが七尋もあったと言う事である。
この部落の地名がこの石から「七尋石」と名付けられたものである。
近年まで、七尋石部落に嫁いできた嫁さんはこの道を通らなかったそうである。
この石は御影石であるが、付近に石切人達が多く住んでいて3mほど削り取られ現在は7m程になっている。
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上から見ると船石の様である。埋まっている部分を掘り起こしてみたいっ!
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by yo-hamada | 2011-03-01 10:03
2011年 02月 23日

前頭 福島県福島市山口字寺前5香澤山安洞院:  信夫文知摺石&夜泣き石

国道4号福島市から115号に入る。115号から2、7km走り左折する(看板あり)と直ぐに右手にこの寺が見える。
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芭蕉ゆかりの地でもある。百人一首でもお馴染の(詠み人・河原左大臣)
『みちのくの しのぶもちずり誰故に 乱れ染めにし 我ならなくに』で有名でもある。
寺のメインは「恋しい人の面影が写った」と言う文知摺石である。
伝説には、石の面に恋しい公の面影が浮かんで見え、駆け寄った一瞬に消えてしまった事から別名「鏡石」とも呼ばれている。
文知摺石(鏡石)
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綾形石
柵に囲われた文知摺石の脇には、自然の石の石紋と綾形としのぶ草の葉形等を摺りこんだ“もちずり絹”の原となった「綾形石」もある。
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寺の奥には「夜泣き石」がある。普通は石から泣き声が聞こえると言うのが相場であるが、ここのは古来よりこの石に祈願すると小児の夜泣きが止むと伝えられている所から名付けられた石である。
夜泣き石
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境内には甲剛碑と言うのがあり、2字で甲剛(=金剛:北斗七星を意味する)の古字と解されているとの事だが字の気味悪さ、異様さが伝わってくる。
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さてここから戻り、先程の4号と115号との交差点前の山側の岩屋観音堂に行く。
市指定の史跡&名勝地になっている所で、民衆の信仰の敬虔且つ素直且つ素朴な霊場を一度ご覧になっては如何!
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by yo-hamada | 2011-02-23 19:32
2011年 02月 01日

前頭 宮城県加美町赤塚8-14鹿島神社:要石

4号線大和町吉岡から457号線に入り13km程走ると鳴瀬川にでる。
ここに架かる「鳴瀬橋」を渡り終えると右手にこんもりとした森が見えるので右折する。
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境内左脇の奥に要石がある。
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平成22年9月に36m以上の突風が吹きあれダウンバーストにより樹齢400年超、同町の天然記念物に指定されているご神木が倒れ山門と拝殿の屋根の一部が壊れた。

要石は日本を取り巻く「リュウ」(地震ナマズ)を鎮める石剣とされ、鹿島神社にはこの要石が祀られる。要石は「建御雷之男神」(たけみかづちのおのかみ)の象徴として国家鎮護の石剣として祀られるのだそうだ。
この地方には大きな災害がないと語り伝えられているのも故ありの様である。
要石
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小さい石は往古の要石
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by yo-hamada | 2011-02-01 19:16
2011年 02月 01日

参考掲載 宮城県東松島町野蒜 鷺ノ巣岩(サギの巣岩)

奥松島に行く途中27号線は野蒜駅の真正面から海に向かう。突き当ったら左折し海岸を走る道路の合流点から100mの地点の空地の右側にある。ただ東日本大震災の為、鷺ノ巣岩は無事であったがここの景色は一変してしまった。
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空地から木々を透かして見ると鳥が羽根を広げた様な後姿が見える。
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前に廻ると「鷺の巣岩」全景がみえる。
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鷹とか鷲とかでなく鷺である所が面白い。
もっともっと陸地が海だった昔、浸食された岩がその後風雨等で今の形が造られた訳で、海岸線にはこういった自然の造形美が多い。
あの男鹿半島のゴジラ岩も同様である。
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横から(海側から)・・・やっぱり、鷺かな~~?
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東日本大地震の津波で壊滅的だったこの一帯であるが、鷺ノ巣岩はこの様になった。
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by yo-hamada | 2011-02-01 19:11
2011年 02月 01日

十両 宮城県加美郡加美町東小野田字麓山30飯豊神社:ご神体石

4号線大和町吉岡から457号線に入り、色麻町で347号薬来山の方に(かっぱの湯や薬来の湯の看板の所から)左折し、真正面の龍川寺から左折すると、この朱色の石神橋が見える。飯豊神社は後ろの山中腹にある。
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境内の奥に社殿、本殿がある。その脇にご神木と共にこのご神体石がある。
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御祭神は保食神 大山祇神 天照大神 八重事代主神であるが、当初は、社殿を持たず、この大石を御神体として祀ったため、通称は、石神様(いしがみさま)と呼ぶ。
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by yo-hamada | 2011-02-01 19:07