巨石!私の東北巨石番付

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2007年 10月 30日

参考掲載 山形県南陽市金山・鬼面石

  鬼面石の天辺の孫は豆粒!「動くなよ!動くなよ!動いちゃ駄目だよ!」
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13号線上山から南陽に向う途中、岩部山を過ぎ、ゆずりあい車線に入るその手前を右折する。
900m走ると「宮内金山」の標識が出てくるので右折し、1.7km程で着く。
前は川、道路から高さ30m位の所に位置する。古代人も当然住んだ事であろう!と推測する。
鬼面石の看板も出ている。謂れに「昔金山が盛んなころ、洞穴に住んでいた鬼が旅人を遅い金や物品を奪い恐れられていた。七日びには鬼面岩と手前の岩に渡した長い竿に着物を掛けて虫干ししていた。
立つなって!200m先から声上げた!
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              竿掛石(右が鬼面石)
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これを見たものは長者になるとか盲目になるとも言い伝えられている。人々は今でも、鬼面石と呼び、鬼の着物を掛けた手前の岩を竿掛石、と呼んでいる。」とある。
正面下から見上げると巨石全体が鬼面である。目、鼻、口があり、日本人特有の発想から、人以外の顔は鬼と呼んだ訳だ。大よそ、横が30m、幅15m、高さ20m、もあろうか!
巨石を支える下部は白く開いて削り取られているが、鬼が口を開けたように見えるから不思議である。
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不思議な事に、上に行かないと見えないが、巨石の頭には、4m×3m程の笠石が乗っている。
祭りごとを行った祭壇石と思う。
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単なる磐と違い、言い伝えもあり鬼面という名前もついた巨磐として広く知られる所から番付対象とするか迷った巨磐であるが、やはり参考掲載とした。
番付ならむしろ、頭の上の不思議な祭壇石(笠石)を単独で取り上げても良いのかもしれない。
これに関連するような興味深い記事が巨石ネットに掲載されていた。掲載者に無断で掲載させて頂く。
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房総巨石遺構探訪記     皆神 隆氏による・・・・
「笠石は、千葉県君津市旅名の山中、豊英ダムの東側に存在する。
笠石を動かせば、必ず凶作や流行り病などの悪いことが起きると言い伝えられており、かつて、村の若い衆たちがふざけて笠石を山の下へ落としてしまった事があったが、翌日には驚いた事に、元の場所に戻されていたという。鬼または天狗が元に戻したという二つの伝説があるという。
笠石の南側には、高さ約1m、縦横約1.5mの直方体形状の祭壇石がある。この形状は整っており、人工的な印象を与える。笠石と何らかの関連があるものと思われる。」とある。
この鬼面石の笠石は祭壇石としたが、千葉の笠石と同じで、実に不思議であり、興味深い事である。
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by yo-hamada | 2007-10-30 17:24
2007年 10月 30日

十両 山形県長井市伊佐沢大石・博打石

半円形の分厚い博打石。下部半分が断ち割られているかのよう!寺の後ろの山を登っても藪でなかなか探せない。
300m?程探し登っている内、突然、舗装された道路に出たが、道路を隔てた目の前に巨石が見えこれが博打石であった。
既に看板は錆びて根元から折れていたが手で持って写真を撮った。
博打石とはこの上で博打をしたからとあるが、こんな山の中で誰が?山賊か!供養に来た人を襲ったのか?そんな程度でしかなかったのか!
博打石というのは結構各地にあるが、博打は本来、祭礼の時に神様の意思などをお尋ねする為に利用されたものである。子供が弓を討って豊作かどうか占うもの等と同様である。この下には洞雲寺や象石があり、祭りごとに利用されたか、そんな関係が指摘されようと言うもので、これが本来の由来・謂れなのではあるまいか
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113号線から、伊佐沢大石「象石」の洞雲寺に向う。
このブログで大関に番付した「象石」洞雲寺の山上に位置する博打石である。
                          象石
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博打石は半円形の分厚い肉厚で、下部半分をスパッと斜めに断ち割った様だ。
スケールは小さいが、茨城県十王の堅破山の巨大太刀割石に似て無くもない。
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藪の山を下山せず、歩いて帰れるが3km弱もあり、勿論、象石の洞雲寺から右折し最初から車で来た方が賢明である。
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by yo-hamada | 2007-10-30 12:00
2007年 10月 30日

番付外 山形県白鷹町と山形市と宮城県・朝比奈三郎つぶて石

つぶて石には、山形県白鷹町、山形市、宮城県色麻町の三箇所に絡む伝説があり、夫々単独の伝説であるが、主人公はいずれも同じ「朝比奈三郎」なのである。

白鷹のつぶて石は、朝比奈三郎が朝日岳から左手で投げた石が、ここ最上川の河原に落ち、右手で投げた石が山形市(村木沢)の山中腹に落ちた・・・という。
S42年の羽越水害の際に最上川に落ちた!との事で、地元の方が川に潜りワイヤーを掛けクレーンで引き上げたものだそうである。
一方では、朝比奈三郎が仙台市の村から力試しに投げた石が白鷹町に落ちた・・・ともいう。
山形県長井市から大江に向かう287号線の最上川に掛かる黒滝橋の下にある。
左手に巨大な看板があり直ぐ分かる。
                        白鷹町のつぶて石
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                      朝比奈三郎左手の痕
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                       つぶて石の巨大案内看板
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山形市のつぶて石は朝日岳から投げたというが・・・。
山形県道48号線と17号線が交わる所から折れ、山に向かい、7.6km行くと、二股に分かれるが左・県民の森方向300mの所にある。街道は狐越街道という。
                       山形市のつぶて石
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                    つぶて石の道は狐越街道と言う。
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宮城県のつぶて石はこの巨石ブログでも番付している小栗山の七不思議にあるが、男石から20m程離れた東斜面にある。朝日奈三郎が川を隔てた向山から蝦夷に向かって投げた石だと言う。
国道4号線から大衡村に入ると457号線に向かう。更に薬来山に向かう156号線を走ると船形山への看板があるので左折し、色麻町から船形山に行く途中の道路脇右側に「小栗山の七不思議」の看板が立っている。
                       宮城県のつぶて石
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いずれもそこにあるつぶて石の謂れの話はバラバラであるが、朝比奈三郎・同一人物である所が興味深い。朝比奈三郎は鎌倉時代に鎌倉に実在した人物で、系図もあるが、何故これ程までに宮城山形に跨る伝説が多いのであろうか!
また、なぜ話がバラバラなのか?を探求するとまたまた横道にそれて難しくなるので、不思議な事だ!と思う事にして終わる。なお、朝比奈三郎は宮城県の薬来山や七つ森にも関わる伝説がある。
3箇所を一日で回るというのは難しい!二日に分けてご覧頂ければ!と思う。
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by yo-hamada | 2007-10-30 11:52
2007年 10月 30日

前頭 山形県小国町片貝・片貝巨石

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国道113号線から「飯豊登山口&長者原」の看板があり15号線に右折し7.2km進むと片貝バス停留所があるのでそこを右折すると、50m程の所に巨石がある。
巨大過ぎて単なる岩場位に思い、通り越してしまうかもしれない。
ざっと見て、長さ20m、幅10m、高さは低い所で3~4m、高い所で8m程もある道路側は拡張で削ったあともある。登ろうとしたが簡単ではなさそうで諦めた!
近くの民家に伺ったが、謂れも、名前もわかりません!という答えである。
地元の方にとっては、単なるでっかい石!でしかなさそうである。信仰された様子もない。
つたが枯れて全体像が見えてくれば更に見事な姿を見せる事であろう!
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by yo-hamada | 2007-10-30 11:37
2007年 10月 30日

番付外 山形県小国町「大宮子易両神社」・男石、女石

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国道113号線から小国役場前に入り、1km程進むと、男石女石がある「羽前一ノ宮大宮子易両神社」に着く。
男石は境内の駐車場の直ぐ傍にある。石に囲われた男石が眼に入る。此処に持って来られ飾られたものであろう。近くに、「大宮和合宮」という建物があるが、その中に見事な女石が別の男石とともに鎮座されられている。リアルな男石が露骨であるが、(・・・・別に露骨に飾った訳でもなく、ものが露骨に見えるだけなのだが・・・・)ちなみに、何故か、男石は金丸太郎、女石は種沢花子という名前がついている。
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この神社で結婚式を挙げたカップルや披露宴の客などが、この前で記念撮影した写真なども飾られているが、確かに和合宮ですから、皆様恥じらいはなく・・・むしろ当然の如く・・・いやーおおらかで・・・結構である。
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by yo-hamada | 2007-10-30 11:27
2007年 10月 30日

十両 山形県小国町玉川地蔵前・(仮)夫婦巨石

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国道113号線、小国町を過ぎ関川方面に向かい、名所赤芝峡の景色を見ながら、暫らく進む。「飯豊登山口&長者原」の看板があるので、15号線に右折し6.6km程進むと、玉川の(仮)夫婦巨石が左手に現われる。
道路を挟んだ左側に地蔵堂がある、(仮)夫婦石は山裾の畦の上と田んぼの中にある。
夫石は山側の裾にあり、ゆかしく三歩下がって婦石が田の中にある。夫石は巨大である。
自分を入れた写真を撮るなら誰かに頼むしかない!
夫石の上に神様の碑か記念碑か、が立てられているがどうも読めそうで読めない。
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通る方は、「そんな所で何してる?」位で通り過ぎていく。全く関心がなさそうである。
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by yo-hamada | 2007-10-30 11:14
2007年 10月 30日

番付外 山形県上山市生居・化け石

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13号線沿いにある上山ののっぽビル前に信号がある。信号を263号線に折れる。
間もなく263号と264号に分かれるので、264号に左折すると、小学校と宮生村公民館脇に見える。
生居の七不思議という看板が立っていて、「化け石と子持ち石の由来」と出ている。
姿形の問題ではないのだが、見ればお化けの様な顔をしている。
「この付近は昼でも暗く、夜になるとこの石が化けて出るという。夜、下生居の権左エ衛門が家路に急ぐと待ってくれ!頼みがある!沢山の子供がいる!食べ物をくれ!といわれ、飯を供えたという。お礼に、これある限り家内繁盛、子孫繁栄するという石をくれ、消えたという。
権左エ衛門は池の中に沈め守護神として祀ったが、不思議にも毎年小石を生むので子持ち石と呼ぶようになった」とある。その関係する旧家が保存されている。
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by yo-hamada | 2007-10-30 11:05
2007年 10月 25日

十両 福島県相馬郡飯館町左須字虎捕虎捕山(とらとりさん)・   籠石(こもりいし)

                      籠石(虎捕洞) 
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中腹に橘墨虎が籠ったという3畳ほどの籠石(虎捕洞)がある。
番付でこの巨石を十両としたが、籠石の他、拝殿脇巨石、中腹のイワクラ、頂上本殿巨石を見ると、全体の番付評価は当然三役級である.

6号線相馬市若しくは4号線福島市から115号線に入り、中間点の霊山方面に向かう。
霊山まで約40km前後、霊山登山口の真向かいに、虎捕山と山津見神社の看板が立っている。
そこから31号線(浪江国見線)で2.3km行き、右折して2km、山麓の山津見神社に着く。
706mの低山で古代人は日常的に住んだ山ではなかったろうか!ランドマークだったかもしれない?f0125073_9341792.jpg
山の謂れは「村落を暴れていた橘墨虎という凶族を、源頼義公が夢の中の山の神のお告げで、白狼の足跡を追うべし!と、岩穴・籠石(虎捕洞)にて刺し殺した。山の神の威徳を感じ、山名を虎捕山とし、山頂に祠を立て虎捕山神とした!」と、ある。
虎とは凶族の事、眷族は狛犬でもキツネでもなく、当然白狼である。
眷属の白狼は素早く奇験を表すので「高神」「荒神」として恐れられているのだそうだ。
拝殿の脇にも巨石!中腹には夥しいイワクラが点在している。

                        眷属は白狼 (拝殿前に鎮座)
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                        拝殿脇の巨石
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                        中腹のイワクラ
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頂上付近の的場には、穿かれた60cm×55cmほどの穴があるが、此処で生活していた古代人が雨水を溜め一時的な飲み水場にしたのではないか!桑折の弁慶硯石を髣髴させる。勿論、中腹に滾々と沸き出ずる手水舎もある。
頂上へは数度、鎖で登るがそれ程長くもなく苦痛でもない。
山津見神社本殿は巨石に囲まれている。本殿後ろに回ると石の祠がある。

的場:穿かれた穴60cm×55cm!f0125073_955305.jpg
           頂上山津見神社本殿背後の巨石!
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                         本殿を守り抱く様な巨石!
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山の神は国土を守る神で、国土のシンボルである。
山津見神社は、大山津見神(大山祇神)がご祭神で、産業、交通安全、海幸、良縁、安産、酒、狩猟の神だそうだ。霊験は盛りだくさんだ。
山頂から見える景色には癒される。全山巨岩で出来た霊山も見える。
蛇足だが、刺し殺した所から、刺すは飯館町左須!ここの地名になったと言う。
私は、こう言う地名などは、現実にあった現象等が伝説や民話になって伝承されたと思っているので、墨虎の捕り物も何かこれに似た事があり、投影されたと思っている。
地名と言えば、平成19年5月に松島で開催された「全国地名研究者大会」を覗き、書などを拝見し眼から鱗であった事を思い出す。
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by yo-hamada | 2007-10-25 09:30
2007年 10月 17日

参考掲載 岩手県一の関須川高原温泉・大日岩

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大日岩は単なる自然隆起等による巨岩で、この巨石ブログに馴染まないので、巨石探しの合間に観光をどうぞ!と言う事で、あくまでその参考に留めた。このブログにある他の参考掲載も大体皆同様の意からであるので為念。
栗駒山は、岩手、宮城、秋田の3県に跨る。山麓須川高原温泉は県境が重なる地域の岩手県側にある。
標高は1,100mを超え、周囲は低い潅木が続いている。温泉宿屋物産展の後に露天風呂があり、直ぐ後に大日岩がある。大きさは見てもらえば分るが巨大である。大日岩足元には足湯もあり、観光客や登山客で賑わっている。
ここ須川高原は、県道342号線を一の関の厳美渓を左に見て、登ってくれば約35km弱で着く。道路はくねくねであるが整備されていて不安は全くない!
温泉背後から栗駒山登山道が整備されている。
また、近くには須川湖や泥炭層があり、一寸足を伸ばせば小安峡大噴湯(秋の紅葉も最高)があり楽しめる事必定!。ただこの大日岩の頭の部分はこの前の大地震で崩落した。
               
               須川泥炭地
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               小安峡大噴湯
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by yo-hamada | 2007-10-17 11:57
2007年 10月 17日

前頭 岩手県平泉町髢石・髢石(かつら石)

                  道路正面からの「かつら石」
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           巨大なかつら石である。幅10m、横5m、高さ7m程もあろうか!
前に流れる太田川と道路の建設中に巨石の一部が歩道にあたり、下部が切り取られたとおぼしき跡があったが残念である。なぜ髢石と呼ぶのか!その謂れ等を、平泉町観光課殿に教えて頂いた。
「毛越寺から達谷窟に向う道路沿いに悪路王(…ここに悪路王伝説がある)が手下と住んでいて、美しい娘がいるとさらって来た。娘の中には逃げ出した者もいたが、直ぐ捉えられ、見せしめとして首を切り落とされ、太田川に捨てられた。首は下流の大きな岩に流れつき髪の毛を絡ませたという。この岩に娘達の沢山の髪が“かつら”の様にまつわりつき、それでこの巨石を「かつら石」と呼ぶようになった」との事である。
更に、かつら石の7~8m程のうしろに(山側)に、つる草で覆われているが、見事な、凡そ各5m幅で高さが6~7m程もある三角形のメンヒルが単独で立っている。
つる草がとれたら見事であろう!
                       三角形状のメンヒル
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かつら石は、国道342号線一の関方面から、道の駅「厳美渓」を100m程行って右折、県道31号線に入る。
3km程行くと巨大岩山を彫って絶壁に埋め込まれた様にして建立された平泉の一つの名所遺跡「達谷窟毘沙門堂」がある。
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そこから約1kmの道路沿いに巨大な「髢石」(かつら石)があり、脇にはその看板が立っている。
勿論私みたいに、車から降りて写真を撮る人は皆無であるが、厳美渓を見て、中尊寺や毛越寺に回る途中にスピードを落としてこの髢石を見て行く人は多い。
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by yo-hamada | 2007-10-17 11:48