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2009年 08月 05日

十両 福島県郡山市西田町字山王日枝神社:神殿前巨石

115号線日和田から小和滝橋を渡り右折し、磐越自動車道郡山東に行く途中の左脇小道に入った所に日枝神社がある。入り口には船石を思わせる大きな手水鉢がある。
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手前の階段を登ると拝殿前にこの巨石があり、神殿を覗き込むような形をしている。
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狛犬のようにも見えるが『こんにちは!』と、参拝にでも来た感じである。
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奥の参道階段から上がって来ると(左側から撮影)動物を思わせるような形だ。
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坂上田村麻呂が東征の際、京都の若狭太郎なる武士が守護神「日吉大権現」を背負い従軍し東奥を平定し、田村麻呂は帰朝したが若狭は土着して、この山王山に神霊地を選び建立し守護神を安置し、岩神社山王大権現と崇め祀官
となり時代を経て日枝神社となった…とある。
本殿は岩の洞窟の奥に鎮座している。
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若狭はこの神殿前の巨石と岩洞窟から神社名を「岩神社…」と名付けたに違いない
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by yo-hamada | 2009-08-05 20:30
2009年 08月 05日

前頭 福島県田村市船引町堀越明石神社境内:磐座

明石神社は、地図上では磐越自動車道の阿武隈高原SAの西にある。
288号線から349号線に曲がり更に57号線に右折したら1,5km走り300号との接点にある。
安達が原の小型笠石の感じの磐座である。
ただメインはその小さな腰掛石=夜明かし石(坂上田村麻呂が腰掛けて夜を明かした石)の様だ。
明石神社の創建は征夷大将軍坂上田村麻呂に関係があり、この地の皇敵豪族降伏と戦勝祈願をいってこの石に腰をおろして夜を明かしたと言われ「田村将軍夜明石」として有名である…案内板にある。
            従ってメインは腰掛けた石の方である。
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            腰掛石・・・腰掛けた石に注連縄か?オーラでも出ていたのかな?
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左手にこの祭壇石?があり更に左手には「女根石」として看板が出ていた。
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                   女根石
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神社鳥居の脇には、部落習俗の県指定の重要無形民俗文化財の『お人形様』が飾られ、又立派な由来看板に、磐城街道沿い集落(尾形地区・朴橋地区・堀越地区)の習俗が書いてあったが、成る程この道路を走っていると色々な顔の人形が見られる。祭りの形態と神の心象を表現したものであるという。
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by yo-hamada | 2009-08-05 20:14
2009年 08月 05日

十両 福島県福島市佐原字神事場1:割れ巨石

国道4号線から115号線の東北自動車道福島西を通り過ぎ10kmほどだが、県営あづま総合運動場の中の巨石広場にある。巨費を投じて作られた公園のようであるがこの巨石だけは巨費を以ってしても移動させてくる事は出来ないだろう。その代わり廻りの造作には金が掛かっている様だ。錦鯉もうようよいる。
疣石の類だが、二つに割れていて、「昔ここに居た妖怪を村人・山伏達千人が四日間祈祷して改心させた際の歓喜絶頂がこだまして割れた」という伝説の巨石である。
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昔の写真が看板に貼ってあった。やはり公園の巨石である。
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by yo-hamada | 2009-08-05 20:08