巨石!私の東北巨石番付

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2010年 07月 20日

参考掲載 福島県南相馬市小高区板木沢懸の森:立石・大岩・胎内潜岩

「うつくしま百名山・懸の森」のパンフに出ている巨石である。
国道6号線小高の西方、34号線(相馬浪江線)に出ると道路端に、北から順に、懸の森(かけのもり)「羽倉登山口」、懸の森「大穴登山口」、「滝平の滝」、「八丈石山」と小さな案内標識が建てられている。
私は「大穴…」を通り車で行ける所まで行ってみた。
役所の方々、山の愛好会、行政区長会の皆様方によるものらしく、この日も含めて年3回道路確保に除草をされる事を伺ったが、何と頂上まで整備されルートは万全であった。

由来によると、この山は古くから八丈石山とともに山岳信仰の霊場で修験者の修行の場であったと伝えられ、山頂にある巨石の形状から「欠が森山」と言われて来た。

永享年間に小高城主・相馬重胤公が難病に罹りこの山の西にある五台山に退隠した時、正室と側室との争いがあり、正室は片倉を経て、側室は「欠が森山」を駆け登って、五台山へ走ったと言う。結果側室が勝った事から「駆け登り(かけのぼり)」が転訛して「かけのもり」と呼ぶようになったと伝えられている。(これは如何かな~?幾らなだらかな山とは言えここを駆け登り、更に五台山まで行ける道理がないと思うのだが……比喩ではあると思うのだが果たして殿が五台山に退隠したかどうか…その当時の山の整備がどうだったのか!若しかしたら立派な人の住める所だったら私の不明をお詫びしなければなりませんが…))

登り途中、道から少し下がった所に「立石」と言われるこの巨石がある。道路からは石の頭部位しか見えないからご注意を!
下に下りて、立石を横から見ると、成程巨大である。
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立石を真っ正面から見ると横幅もある。
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立石から10分ほどで頂上である。
頂上のほんの少し右手下に大石がある。地元では「大岩」と呼んでいるが「大石」の方が似つかわしい。
上から写真を撮ると幅もあり深さ(高さ)もあるが巨大さがどうも伝わり難くもどかしい。現物の方が遥かに良い。
巨石は半分に欠けた様である。この形状がそもそものこの山の由来だろうか?
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横から廻りロープと梯子を伝って下りるとこの大石の下に「胎内潜り」と呼ばれる空洞もある。潜り抜けは可能であった。
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大石の下には、「大穴登山口」に向かう34号線の入り口から3kmほど南下した道路右手にある
「大山祗神社」から分祀されたと思われる「大山祗神社」の祠がある。
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この神社には、昭和初期には武門の神として信仰を集め、出征兵士の参拝が絶えず、毎月の縁日には行列が続き盛況であったと言う。この頃地元の有志で「懸の森 大山祗神社」神殿を再建したが、神社のお札やお守りに「懸の森…」で授与している事から、「欠が森山」の「欠」を嫌い、現在の「懸の森」になったと言われている!との事である。
大山祗は本来雨乞い信仰が強い山の神でもあり、戦勝の神でもあると書いてあった。
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祠の正面の大石。
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by yo-hamada | 2010-07-20 10:26
2010年 07月 20日

参考掲載 福島県田村郡小野町大字小戸神 東堂山満福寺:大石垣巨石と鐘楼巨石

小野町349号線から13号線に入り東堂山に右折し看板に従い進めば寺院の駐車場に出る。
満福寺等開山の伝承によると、「…平安時代の初期、坂上田村麻呂の蝦夷征伐の時、悪逆非道の限りを尽くしていた悪党一味の退治に先だち、日頃信心の観世音菩薩に祈願をし、出陣したところ連戦連勝した。また麻呂ちゃんだ!
田村麻呂は邸宅を寺に改造して観音さまを祀り、信仰していたとも伝えられている・・・」
巨石は先ず大石垣の基になっている.
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鐘楼は、周囲の風景を生かした美術的建造物として、町の重要文化財に指定されているがそれは巨石の上に建てられている。
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境内には驚くほどの石仏が置かれている。
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わはは・わはは・わははのは!……一番下左の石仏は何の為に、そして用をたしながら何を見てるのだろう!
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by yo-hamada | 2010-07-20 10:21
2010年 07月 06日

十両 山形県鶴岡市羽黒町手向字羽黒山羽黒神社:天拝石

地図や案内看板をたどれば簡単であるので場所の説明は省略したい。112号線の東側にある。
出羽神社は山形県の羽黒山山頂に鎮座する神社である。
出羽三山は、月山、羽黒山、湯殿山の総称であり、古くから山岳修験の山として知られている。
その羽黒神社参道入り口にあるこの天拝石は「この奇岩を通し天を祀ったもので、その昔修験者の行法を行った石と思われる…」とある。
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時には、こうした靴を履いた芭蕉風の粋人も訪れる。
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by yo-hamada | 2010-07-06 16:34
2010年 07月 06日

十両 秋田県仙北市田沢町生保内:田村将軍試し切りの石

46号線から田沢湖に向かう341号線に入ると間もなく3km程行くと左に高橋鉄工会社が見えて来るので右折し、「駒ケ岳や十丈の滝」山側方面に進み、手前にこの松の木が出て来るので右折する。
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間もなくY字路にこの看板が出て来る。左の看板には50m先と書いてあるが目と鼻の先ほんの20m程先にある。
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「坂上田村麿将軍が東征の折……巨石を試し切りにした」と言う伝説ある巨石である。
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それほど大きくはないが、何せ、東征の田村将軍だぜ!。棒を拾って真似したが将軍もほんとの刀でこうしたんだろうな~~~と思うだけでも暑さを忘れようってものだ!
それにしても昔の刀は凄かったんだ!何でも有りだナ!あの日立市の十王町の巨大な堅割石だって横に真っ二つに切っちゃうのだからもの凄いものだ!
でもあちこち色々な似た話があるけど、伝説を作る時、刀と石でどっちが強いってこと考えが及ばないものなのかな~??もしかしたらほんとにあった事かもね?
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by yo-hamada | 2010-07-06 16:28
2010年 07月 06日

参考掲載  秋田県仙北市田沢湖町田沢湖:巨石群

田沢湖についてはご案内の必要もなかろうかと思うので略。
左上「蛙石(ビッキ石)」、右上「雨乞い石」と言い、石を動かすと湖が荒れ雨が降ると言われ、昔から湖神を祀った石と言われている。七つの違った木に囲われているがこの木は「御座石の七色木」と呼ばれている。
左下「かなえる岩」と言い、願い事をかなえる石で、右下の「鏡石」は辰子がまだ田沢湖の主にならない頃、この鏡のように磨かれた石に向かって髪を結い化粧したと伝えられている巨岩である。
蛙石は「県民の森」前にあるが、他の石は湖の真向かい「御座石神社」周辺に位置する。
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湖岸にはここだけに切り取ったかのような自然の平らな岩場「御座石」がある。
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上の道路際には「御座石神社」がある。
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by yo-hamada | 2010-07-06 16:20
2010年 07月 02日

小結 福島県田村市都路岩井沢強梨:二艘船石

福島県高原都市田村市の大関「古代亀石」に続くものである。郡山市富久山町・国道4号線から288号線に入り船引三春方面に走る。又は磐越自動車道「船引三春」で降り288号線に入り都路街道を走る。 (288号線に入るなら49号線からという手もある。)
田村市岩井沢に入るとこの左側に案内看板が出て来るので左折する。
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道なりに進み、2つ目の案内地図看板が出て来たらここから左折する。
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500m程行った所で突き当り舗装道路が途切れるが、杉林の奥を見ると船石が見える。
奥に進むと目の前に二つの船石・「二艘船石」が直ぐである。
舗装が切れた所から船石の所まで草が刈られ綺麗に整備されていて船石が大事に守られているのが分かる。 
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手前側に舳先が向いた船石である。
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真っ正面から見た船石である。
二本松の「舟石」同様巨大である。
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厚みもあり、形も良く素晴らしい船石である。
看板には「長さ11m、高さ1、8m、周囲25、6m、幅4、5m、総重量40、2トン」とある。
40、2トンとは計量したようにいやに正確な数字だがそんなものではあるまい。私の計算では雄に200トンはある。
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舳先(船首)も正に船の形であり
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船尾もちゃんと形になっている。
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前からも後ろからも確認出来るが埋もれているのではない。元は一つであった石を二つに立割りし一つはここに運ばれて来て置かれているように見えるのである。と、言ってここにある2艘が2つに分かれた兄弟ではないのだ。
上から転がって来たものでもないようだ!そんな転がってくるような高い山でもないのだ。
しかし運ぶ事が不可能ならば、どうやってここに!何のために?…を考えてしまう。
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by yo-hamada | 2010-07-02 12:37